'21宙組『夢千鳥』5月8日ディレイ配信の記録

緊急事態宣言の発出で、たった4日間だけの上演となってしまった夢千鳥。

和希そらがトップスターになった日には、あのバウ公演は素晴らしかった…!とヲタクが嬉々として語る姿が目に浮かぶ作品だった。(頼むから円盤化してくれ~!)

素晴らしい作品を語り継がなければ・という気持ちで配信の感想や考察を書いていく。

 

あらすじ

昭和の映画監督・白澤優二郎(和希そら)が大正の竹久夢二の人生を描くうちに、白澤の中で自己と夢二の境界が曖昧になっていくお話。

徐々に時代の切り替わりがわかりにくくなっていく見事な演出と、一人二役の見事な演じ分けが段々と曖昧になっていく和希そらさんの演技力があって成り立つ作品だと感じた。

 

印象的なシーンと考察

夢二と鳥

今作では、物語の随所で鳥のモチーフが出てくる。他万喜(天彩峰里)が飼う小鳥、舞い散る座布団の羽根、彦乃(山吹ひばり)が読み聞かせるメーテルリンクの「青い鳥」、巨大な鳥籠を模した舞台装置。

夢二にとって「鳥」って何ぞや・と考えていたらこんな詩を見つけた。

あなたの心は 鳥のやう

涯のしれない 青空を ゆきてかへらぬ 鳥ならば

私の傍へ おくために 銀の小籠に 入れませう。

竹久夢二「青い小径」−あなたの心

これぞまさに籠の中の鳥。夢二にとって「鳥」とは愛する人の心の象徴だった。

あと、身近な幸せに満足できず理想を追い続けてしまうことを「青い鳥症候群」と言うそうだ。他万喜が傍にいながら、たくさんの女と恋をした夢二のためにあるような言葉だと思った。

 

赤い羽根と白い羽根

  • カッとなり他万喜に刃物を振りかざす夢二。咄嗟に座布団で身を守ると、中から赤い羽根が飛び散る。流血を赤い羽根で表現するのとっても良かった…)
  • それから、白澤の内縁の妻であり、彼の映画の中で他万喜を演じる赤羽礼奈(天彩峰里)に至っては、名前が「赤羽」な上に衣装も真っ赤。
  • 作中で夢二は彦乃に「僕の青い鳥は彦乃だね」と言うが、彦乃が夢二の元を去る時には白い羽根がひらりと舞い落ちた。心の底では彦乃のことも青い鳥だと思っていなかったと推察できる。
  • 前回『月雲の皇子』の考察でも色にまつわる話を書いたが、赤と白は対となる色であり、赤には血や暴力性、白には無垢や神聖性といった意味合いがある。他万喜には日常的に暴力を振るう一方、彦乃とは「ままごとのよう」と揶揄される生活を営んでいた夢二。正反対の関係性が羽根の色にも表れている。
  • ポスターにある黄色はお葉(水音志保)の象徴か。ただ、黄色は赤とも白とも対にならない色である。夢二にとってお葉は、他万喜や彦乃と同等の存在ではなかったのかな・とも思った。(お葉パートがあっさりしていたのも相まって)

 

愛とは何か?

最後のご挨拶で、和希そらさんが今作のテーマは「愛とは何か」だと仰っていた。今作を通じて考えたことを書いておく。

  • 人は、過去の成功体験によって自己肯定感が高まるという。そして幼少期に親から無償の愛を注がれることは、最初にして最強の成功体験だと言える。顔がいいとか、勉強ができるとか、社会の役に立つとかそんなこと関係なしに、ただ自分が生きているだけで喜んでくれる人がこの世に存在することを知っていることは何にも勝る。
  • 夢二はこの逆で、人生の基盤になる成功体験に乏しい。幼少期に所謂「毒親」の元で育ち、心の拠り所にしていた姉も嫁いでしまい、得てして自己肯定感が育まれないまま大人になってしまった。だから売れっ子画家になろうとも自分を亜流画家だと卑下し続けた。
  • 終盤、夢二への台詞に「自分を愛しておやりなさい」とある。前述に当てはめて考えるなら「自分、生きてて偉いな〜!」と心の底から思えるようになりなさい、ということになる。

つまり、愛とは自己や他者が生きていることを手放しに喜べることではないだろうか。だから本当は、他万喜も彦乃もお葉もみんな、夢二にとっての青い鳥だった。運命の人はずっとそこにいたのに、夢二は愛を知らなかったからそれに気付くことができなかったのではないだろうか。

 

その他、印象的なシーン

和希そらさんと天彩峰里さんの演技に圧倒された今作。最後に印象的なシーンを掻い摘んで。

  • 冒頭のソラカズキのアナウンス。普段は凛としたよく通る声なのに、敢えて陰のある少しくぐもった声で話すことで、これから始まる物語への期待感がグッと高まった。
  • 他万喜がまるで絵からそのまま出てきたように美しくてクラクラ。妖艶ってこの人のためにある言葉だなと。
  • 優二郎を取り巻く女優を使って映画を撮るよう話す社長に対して「提案があるって言いましたよね?」と言い返した優二郎の顔が最高。やってくれたなこのタヌキ爺め…と顔に書いてあった。顔が綺麗な人のイライラしてる顔って何故あんなにも刺さるのだろう。(ユーリーに想いを馳せながら)
  • 今作は敢えて舞台装置を最小限にすることで、大正と昭和のスイッチが段々と曖昧になっていく様子を見事に演出していた。バーでうたた寝したと思ったら時代が入れ替わっていたり。
  • 夢二と他万喜のDVタンゴ。夢二と他万喜の歪な関係性を語るに必要不可欠なDVシーンをタンゴにすることで、胸糞悪くなるどころか美しいワンシーンに昇華した演出は特に素晴らしかった。(他万喜を折檻することで創作意欲が湧く夢二には流石に引いた)(苦しむ他万喜を熱い目で見つめながら筆を進める和希夢二の演技は最高でした)
  • 彦乃と初めて話した夢二が「大きい声、出るねぇ」と優しく微笑む姿は、さっきまで他万喜をぶん殴って首を締めていたとは思えない爽やかさ。こんな顔された好きになっちゃうよね〜わかる〜!
  • 彦乃の親に、夢二と彦乃の結婚を直訴する他万喜の形相には鬼気迫るものがあった。他万喜の「もっと狂って、私に狂って」「どこへ逃げたって私の愛からは逃れられない」という狂気じみた台詞の説得力がここに詰まっていた。
  • 対照的に、真っ白なキャンバスのように純粋で穢れを知らない彦乃。恋に恋した夢二が彼女に惹かれてしまうのも納得。あとSplendidの曲がとっても可愛かったな。
  • 長崎まで病に伏せる彦乃を迎えに来た父親。あくまで絵の勉強に彦乃を出しただけというスタンスを貫く父親からは、ふたりの関係は家族ごっこでしかないことが伝わる。
  • 夢二がお葉に掛けた「清い気持ちで生きていれば過去はすっかり許される」という言葉は、他万喜や彦乃を心から愛せなかった自分への免罪符でもあるのかなと思った。
  • 最後、鳥籠を模した舞台装置の扉が開くが、これは束縛してきた鳥(女性たちの心)を解き放つとともに、自分自身をやっと赦してあげられたのかなと解釈しました。
  • フィナーレが豪華すぎてびっくりした。一本ものでこんなにボリュームがあるなんて!良いのですか!衣装も沢山で見応えがあった。ソラカズキのしなやかダンスと素晴らしい歌声が堪能できて合掌。
  • 人物像の丁寧な掘り下げ、緻密な演出に加えて、主演を一際輝かせるフィナーレ構成。今作でバウホールデビューって本当??と目を疑ってしまう見事な作品でした。栗田先生のショー作品が今から楽しみです。

 

最後に

確実に伝説に残るであろう今作を、ディレイ配信のおかげで観ることができて良かった~!と思う一方で、貴重なチケットを手にしていたのに劇場で観ることが叶わなかった方や、稽古に励んできた生徒さんのことを思うと胸が痛い。

一刻も早く、「明日は幕が上がらないかもしれない」という不安のない世の中に戻って欲しい。Life is in the theater.