『アナザー・カントリー』6月29日ソワレの記録

和田優希くん初主演作『アナザー・カントリー』を観てきました。

正直なところ、作品の時代背景が理解できていないと「なんだかよくわからなかったけど、和田くんの演技が素晴らしかったなぁ」というふわっふわの感想で終わってしまうので、理解を深めるべく文献を漁っていたらもう大阪初日です。早い。

そんな訳で、今回は1930年代のイギリス階級社会について解説しながら、わたしなりの考察と感想を書いていきたいと思います。

 

以下、ネタバレ注意。

 

 

あらすじ

舞台は1930年代イギリス。名門パブリック・スクールの寮の一つ「ガスコイン・ハウス」で、ガイ・ベネット(和田優希)と親友のトミー・ジャッド(鈴木大河)は寮生活を送っていた。

ある日、禁忌とされていた同性愛の現場を教師に目撃された寮生が首吊り自殺をしたことを機に、寮生たちの間で駆け引きが始まる。

 

作中の用語と時代背景の解説
  • パブリック・スクール:13歳から18歳の上流階級の子弟を教育する、寄宿制の私立中等学校。本作のモデルとなった「イートン校」はイギリス王室の王子たちも通う超名門。
  • 禁忌とされた同性愛:イギリスでは1885年の刑法改正以降、20世紀後半まで男性同士が親密な関係になることは犯罪とされていた。これは当時社会問題になっていた上流階級による少年売春・買春を規制する目的があった。本作の舞台となる1930年代は「同性愛」という概念がやっと普及し始めた頃で、性的マイノリティは差別視されていた。(1967年になり、21歳以上の男性同士での性行為は合法化された)
  • 社会主義:1917年のロシア革命後、ソ連で確立される。資本主義社会では貧富の差が生まれることから、国が資本を管理・分配し平等な社会を目指した。なお、社会主義において性的マイノリティは肯定されていた。
  • 共産主義社会主義の理想形。社会が資本を管理せずとも、人民が資本を共有している体制。
  • マルクス主義社会主義思想体系の一つ。階級のない協同社会を目指した。ジャッドが常に持ち歩いている本はマルクスの著書『資本論』。
  • レーニンロシア革命の立役者にして、ソ連の初代指導者。1924年没。
  • スターリンレーニンの死後、指導者となり独裁体制を築く。1929年の世界恐慌で各国が経済的ダメージを受ける最中、ソ連レーニン主導の「五ヶ年計画」と呼ばれる計画経済政策によりダメージを受けなかった。作中、ジャッドが共産主義を評価していたのはこのため。
  • フロイト精神科医。「無意識」は持続的に「意識」に影響を与え、個人の精神的な動きを規定・制限するとした。1933年、彼がユダヤ人であるという理由からナチスフロイトの著書を禁書に指定した。1938年にはナチスの迫害を逃れるために祖国オーストリアからイギリスに亡命した。作中、ヴォーン・カニンガム(おかやまはじめ)からフロイトの話をされた少年たちが「それは読んではいけない」と返すのはこういった背景からか?

 

考察

黙認された性行為と、禁じられた同性愛

  • 前述した通り、上流階級による少年売春・買春が社会問題になったことから、1930年代のイギリスでは男性同士が親密な関係を持つことは刑法で禁止されていた。
  • 社会問題になるほど少年売春・買春が蔓延していたということは、上流階級において「男性同士で性行為に及ぶこと」への差別意識は無かったと推察される。
  • ガスコイン・ハウスにおいてベネットはたくさんの寮生と身体の関係を持っており、その中には寮長バークレイ(岡田翔大郎)の側近であるデラヘイ(嘉島陸)までいた。しかしほとんどの寮生にとってベネットとの行為は一時的な性欲処理に過ぎなかった。
  • それどころか、そこに愛情が存在するとわかったら「気持ち悪い」と突き放す。それほどまでに同性愛者への理解は進んでおらず、異端だとされていた。
  • ガスコイン・ハウスにおいて性欲処理としての男性同士の行為は昔から横行していた。そのため刑法で規制されてもなお、ガスコイン・ハウス出身の教師は「バレないようにやる分には目を瞑る」という立場を取っていた。
  • 教師に同性愛の現場を目撃された寮生がなぜ自殺をしたのかと言うと、①ガスコイン・ハウス出身ではない教師に見つかってしまったため ②同性愛者だと知られてしまったため。黙認する立場でない教師に知られたことで大事になってしまった上に、性的マイノリティであることまで明らかにされてしまい、上流階級における未来が閉ざされてしまったから。

 

ガスコイン・ハウスとは、階級社会の縮図

  • ガスコイン・ハウスにおける最エリート集団「トゥエンティトゥー」に選ばれることは、卒業後の階級社会での将来を保障されたとここ同義。裏を返せば、トゥエンティトゥーに選ばれなかった時点で華やかな生活から一歩遠のくことになる。
  • 次期寮長(=トゥエンティトゥーのトップ)を目指すジム・メンジース(多和田任益)は、自分にとって最も有益な寮生を側に置くため画策する。メンジースはベネットを言葉巧みに唆し、結果的にファウラー(中山咲月)、ジャッド、ベネットをトゥエンティトゥーから遠ざけることに成功する。
  • この展開がまさに階級社会の縮図そのもの。頂点に立つエリートによって、社会的弱者やマイノリティ(ここでは軍国主義者、共産主義者、同性愛者)は搾取・排除されてしまう。
  • ただ、階級社会において最も合理的で理性的な行動を取っているのがメンジースであり、彼が取った行動は批判されるようなものではなかった。だからこそ、生きづらさを感じたベネットは卒業後の生活を想像して絶望してしまう。

 

「地上の天国」を求めるベネット

  • ベネットは愛するハーコートの名誉を守るため、自分と関係を持った寮生を教師に暴露するという切り札を使わなかった。自分の明るい未来を諦めてまでも、守りたい存在がハーコートだった。このふたりの顛末は描かれていないが、どうか末永く愛し合っていて欲しい…じゃなかったらベネットが報われない。
  • ベネットがジャッドの愛読書・マルクスの「資本論」を手に取りページをめくる描写は、彼が共産主義のもとで生きていくことを示唆している。
  • 前述の通り、共産主義において性的マイノリティは肯定されていたことから、ベネットは共産主義のもとでなら自分を偽ることなく幸せに生きていけるかもしれないと考える。しかし…

 

恋も未来も、何処かにあると僕たちは信じていた…

  • キャッチフレーズが反語になっていることから、「…」に続くのは「でも何処にもなかった」だとわかる。階級社会で生きづらさを覚えた少年たちは共産主義に傾倒していくが、そこにも彼らが思い描く未来はなかった。
  • 1936年に勃発したスペイン内戦は、ファシズム派の反乱軍 VS 反ファシズム派の人民戦線政府という対立構図だった。この人民戦線側についたのが、ナチスが掲げるファシズムと相対する共産主義を掲げるソ連だった。本作で描かれてはいないが、ジャッドは外国人義勇兵としてスペイン内戦に赴き戦死してしまう。
  • 本作のラスト、共産主義を「地上の天国?」と尋ねたベネットに対し、ジャッドは「地上の地上…本当の地上」と答える。地上に天国などない、あるのは地上だけ。地に足のついたジャッドでさえ不遇な最期を迎えてしまうのだからやるせない。

 

印象的なシーンや感想
  • 淡々と話すジャッドと鈴木大河くんの艶のある声がマッチしていてとても良かった。癖をマイルドにした神谷浩史みたいな声だな〜と思ったのはわたしだけ?人に聞かせる声だから朗読劇とかも似合いそう。
  • ベネットを目の敵にするファウラーはいつもギャンギャン怒っているけど、お顔立ちがめちゃくちゃ綺麗なせいでそれすらと愛おしいと思える罠。ここだけの話、観劇後に中山咲月さんのTwitterを齧り付くように見た、麗しいかった…。
  • 上機嫌に愛を叫ぶ酔っ払いベネットには癒された。怒声ばかり行き交ってたら疲れちゃうからね、和田優希ハイパープリティータイムも大事。そしてこの時の燕尾服がめちゃくちゃ似合ってる。最高。
  • そしてにっこにこしながら「ケープタウン!…シンガポール!(カメハメ波のポーズ、恐らくマーライオンをイメージ)…香港!(カンフーポーズ)…オーストラリア!(ジャッドの周りをぴょんぴょん跳ぶ、カンガルー)」をやるベネットがあまりにも可愛かった。保護。
  • カニンガムに媚を売るだけ売っておいて、カニンガムが部屋を後にした瞬間にジャケットのボタンを外しネクタイを緩めるベネット。俺って上手く立ち回れてるな〜!と調子に乗っているのがこの仕草だけでも伝わって来る。
  • 同性愛者であることが露呈したベネットが「俺みたいな奴は何て呼ばれるか知ってるか?…おかま!変態!倒錯者!男女!」と絶叫するシーンには唖然としてしまった。これを和田くんに言わせるのすご過ぎないか…差別用語のオンパレードに震えてしまった。でも一番怖いのは、作品から90年後の現代でも差別用語を平然と発する人が存在していることだと思う。
  • あと本筋と全く関係ないのだが、和田くんの瞼がシャンパンゴールドのアイシャドウでキラキラしているのがめちゃくちゃ良かった…バッチバチにカラーメイクした和田くんも見てみたいな…そういうお仕事、待ってます。

 

あとこの日は鈴木大河くん24歳のお誕生日ということで、3回目のカテコは和田くん大河くん2人が登場→24歳の抱負をお話してくれました。