来る5月、遂に月組『桜嵐記』で初のムラ遠征が決定。
これはしっかりお勉強して臨まなければ…!ということで、作・演出をされる上田久美子先生のデビュー作にして、珠城りょうさん主演の『月雲の皇子』を鑑賞した。
観終わるや否や、例の月組贔屓の友人に長文で考察を送り付けるという大迷惑行為を行ったのだが、それでも気が済まなかったので以下に書き留めておく。
あらすじ
本作は古事記と日本書紀に残る『衣通姫伝説』の行間を描いていた作品なのだが、そもそも古事記と日本書紀では登場人物は同じでも物語の結末が異なる。
同母兄妹とされた木梨軽皇子と衣通姫が禁忌である姦淫を犯したため、允恭天皇が崩御した際に弟の穴穂皇子が即位するまでは同じ。
712年に編纂された古事記では、伊予の国(現在の愛媛)に木梨軽皇子が流刑された後、衣通姫が木梨軽皇子に会いに行き2人で心中したとされる。
720年に編纂された日本書紀では、流刑されたのは衣通姫で、権力争いに敗れた木梨軽皇子はひとり自害したと綴られている。
2つの歴史書で相反する結末が描かれた物語を、矛盾することのない一つの物語に昇華したのがこの『月雲の皇子』という作品である。
印象的なシーンと考察
衣装の色や柄が示すものとは?
第二幕の衣装はポスターに使用されているものになるのだが、日本古来の4色である赤・白・青・黒で、登場人物が見事に表現されている。
- 赤:穴穂皇子(鳳月杏)。赤には血や暴力性といった意味もあることから、武術に長け、乱世を治める穴穂皇子のイメージそのもの。
- 白:衣通姫(咲妃みゆ)。白は神聖性の象徴であることから、巫女として育てられ、土蜘蛛には「月の女神」とされた彼女にぴったりである。また、花嫁が着る白無垢には「無垢な状態で嫁ぎ、嫁いだお家に染まる」という意味があることから、穴穂皇子と夫婦となり5年が経過しても、心も身体も穴穂皇子のものになっていないことの表れとも取れる。
- 青:木梨軽皇子(珠城りょう)。青は生命力が盛んなことを意味し、また中国から伝わった四神で「青龍」は東を司る意味がある。流刑先の伊予の国で土蜘蛛の頂点に立ち、東にある飛鳥の地を目指す木梨軽皇子と合致する。
- 黒:土蜘蛛。土蜘蛛の孤児である衣通姫は保護された際に煤だらけで真っ黒だったことや、蜘蛛の身体は黒いことから、本作において黒は土蜘蛛の象徴だとわかる。(因みに土蜘蛛とは天皇に従わない土豪の総称)
天皇側の穴穂皇子と衣通姫が赤・白、天皇に叛く木梨軽皇子と土蜘蛛が青・黒と対比になっているのだが、これは赤・白は天上界の色、青・黒は地上の色とされることに合致する。
また、衣通姫が一人伊予国に辿り着いた時には、菱型の柄の着物を纏っている。
- 和柄にはそれぞれ意味があり、中でも菱文には「無病息災」や「子孫繁栄」の意味が込められている。
- 伊予の国に無事辿り着き、木梨と真の夫婦となり幸せに暮らして欲しい…という願いを込めて、大中津姫(或いは衣通姫の侍女)が旅立つ衣通姫にこの着物を用意したと読み取れる。
穴穂皇子との結婚を止められなかったことを悔やみ、衣通姫の本当の幸せを心から祈り見送った大中津姫の優しさが垣間見えるシーンである。
タイトルの「月雲」とは?
第一幕で、木梨軽皇子が衣通姫を一目見た蜘蛛族の少年・ティコに美しいものを知っているか問うと、「月蜘蛛(晴れた月夜を飛ぶ蜘蛛)」と答える。
- 巫女として大切に育てられた衣通姫だが、実際は木梨軽皇子と穴穂皇子が幼き頃に保護した蜘蛛族の孤児である。
- 第二幕では、木梨軽皇子は土蜘蛛の前で衣通姫を「月の女神」だと紹介する。(このことから、蜘蛛族にとって月は神聖なものであることもわかる)
以上から、「月蜘蛛」とは蜘蛛族の中でも美しく特別な存在である衣通姫の比喩だということがわかる。
また、「月蜘蛛」ではなく「月雲」と表記したのは理由は2通り考えられる。
- 木梨軽皇子が初めて「月蜘蛛」という言葉を聞いた際、「月雲」と勘違いしたから。(木梨軽皇子は衣通姫が蜘蛛族の子と知りながらも、美しい巫女として見ていたことの比喩とも取れる)
- 「雲の上の存在」という慣用句からもわかるように、「雲」には地位や身分が高いという意味がある。天上人である「皇子」を装飾する言葉は、地を這う「蜘蛛」よりも天にある「雲」の方がふさわしいから。
木梨軽皇子と穴穂皇子の対比
衣装だけでなく、木梨軽皇子と穴穂皇子は作中で何度も対比されていたのでまとめてみた。
- 歌に対する考え方。木梨軽皇子は後世に真実の物語を残したいとし、穴穂皇子は政のためには時に嘘を残すことが正しいとする。
- どんな世に相応しいか。聡明で心優しい木梨軽皇子は平時、武術と戦略に長けた穴穂皇子は乱世を治めるのに向いているとされた。
- 罪を犯した子どもへの対応。窃盗で捕らえられた蜘蛛族の少年・ティコを逃してあげようとする木梨軽皇子と、不穏分子は子どもであっても消すべきと殺める穴穂皇子。
- 出自について。允恭天皇と大中津姫との間に生まれた木梨軽皇子と、渡来人の家臣・青と大中津姫との過ちによって生まれた穴穂皇子。
- 嘘をつく動機。穴穂皇子は青が「衣通姫は木梨軽皇子を誑かしている」と嘘をついた場面で、父の命を守り、かつ自分が即位するために同調する。木梨軽皇子は、「衣通姫がたぶらかしたのではない、自分が強いたのだ」と自分だけが傷つく嘘をつく。
優しかった木梨軽皇子はなぜ変わってしまった?
伊予の国に流刑されてからも暫くは土蜘蛛の民にも優しく接していた木梨軽皇子。いつしか土蜘蛛に自分を従わせ、武器を作らせるようになる。
これは、穴穂皇子と結婚してもなお心では木梨軽皇子を想っていると手紙に綴った衣通姫を信じられなくなり、歌を詠むことができなくなったから。
だが伊予の地で再会した衣通姫は「物語は偽りのためでなく、心に満ちた涙のためにある」と言う。この世には自分の力ではどうにもできないこともある、それでも心にある真実を伝えるために詠うのだと。
死の間際に木梨軽皇子が歌を詠み、「歌でしか言えぬ想いがある」と言う。ここで、衣通姫の気持ちが届いていた事がわかる。切なくも美しいラスト。
穴穂皇子はなぜ偽りの物語を残させた?
衣通姫は土蜘蛛を庇い海に落ち、木梨軽皇子は穴穂皇子と戦った末に殺されるが、穴穂皇子は「2人は月が美しい夜に一隻の小舟で海に出て、二度と帰ることはなかった」と残すよう家臣に指示する。
家臣から政のためにならない偽りを残す理由を問われ、「…わからん」と答えるが、自分の嘘が原因で不遇の死を遂げた2人への弔いだと考えられる。
また、木梨軽皇子の塚を作っては土蜘蛛の信仰の対象になるからと亡骸を海に流すよう指示したのも建前で、海に落ちた衣通姫と木梨軽皇子が同じ場所で眠れるようにそうさせたと考えられる。
そして、後世に真実を残すか、偽りを残すかは物語を残すものの心に拠ると作品の中で示す事で、古事記と日本書紀で結末が異なる衣通姫伝説の矛盾を解消している。
その他のシーンの感想
考察で頭を使ったので、ここから語彙力0の感想を。
- 長髪×和装×ロングブーツのたまちなが美しすぎで冒頭の舞でテンションが爆上がりする。作画が完全に2次元なのよ。完璧。
- 少年時代の穴穂皇子を演じた楓ゆきさんが可愛い〜!となり、調べたら95期。わたしが初見で顔がいい〜!となる方の95期率。
- そしてハーフツインテールの朝美絢さんの破壊力たるや…あまりにも可愛すぎる…しかも漢字が読めなくて「にゃにゃにゃ!」で誤魔化すの何…?可愛いの暴力か?
- 兄であれ男性と言葉を交えてはいけない衣通姫。第一幕ではそのせいで殆ど台詞がないのだけど、むしろその美しさと佇まいだけで十分に衣通姫の特別さが表現できているから凄い。聞けばこの後咲妃みゆさんはトップ娘役になられたと…これは納得…。
- ティコに「美しいものは好きだ」と答える時のたま様の美しさよ。わたしも美しいものが好きだ〜〜〜!
- 人のためについた嘘を衣通姫に見透かされ、堪らず後ろから抱きしめてしまう木梨軽皇子。美しくも切なくて息が止まった。
- 20歳で穴穂皇子の妻になり、それから5年経っても穴穂皇子になびかない衣通姫の気持ちの強さよ…。愛しい人を遠くにやった憎き相手ではあるけど、わたしならちなつさんの側にずっといたら絆されちゃうよ。
- 衣通姫が木梨軽皇子にとって特別な女性だと気付き、刃を向けるポロ。ポロの健気さもさることながら、一度は自分を殺そうとしたポロを庇って死んでしまう衣通姫の優しい心よ…。
- 剣技では穴穂皇子には勝てないとわかっていながら、土蜘蛛や衣通姫を守るために1人立ち向かう木梨軽皇子。簡単にいなされ、ボロボロになっても何度も立ち上がる姿に胸が打たれた。
- そして穴穂皇子と背中合わせになった瞬間、大粒の涙を流す木梨軽皇子…。たまちなの涙に全わたしが泣いた。
最後に
今作で衣装を担当された任田幾英先生について調べていたところ、それ以前のインタビューでこう語っているのを見つけた。
舞台衣装は、デザインというよりメッセージなんです。セリフがなくても心情が伝わるように衣装で語るという作業が含まれる。
今回の考察が合っているかはさておき、衣装一着一着にも物語がある・という視点はこらからも大切にしていきたい。