'23宙組『エクスカリバー』の記録

心待ちにしていたエクスカリバー、7月25日マチネと8月1日マチネの2公演を観劇させていただきました。おそらく本日がmy楽となるので、久々に筆を取らせていただきます。

今回桜木みなとさん演じるランスロットが過去観劇した作品の中で一二を争うくらいに好きなキャラクターだったので、だいぶ偏った感想になることをお許しください。

ランスロットの表情から読む感情の移ろい、モーガンのマーリンへの感情とは、その他感想の3本立てでお送りいたします。

 

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ランスロットの表情から読む感情の移ろい

エクスカリバーを抜く前のランスロットの表情と、アーサーに跪き死ぬまで傍にいることを誓った時の表情の変化。

弟分のアーサーが誰もなし得なかったことをなんて事なさそうにやってのけた事や、おそらく剣技や戦術には自信があったのにも関わらず聖剣に選ばれたリーダーは自分ではなかった事への落胆はあれど、それでも王となったアーサーを死ぬまでひとりにしないと誓う表情には一点の曇りもない忠誠心が垣間見える。

 

月夜を背にグィネヴィアへの気持ちを一生隠し通そうと歌うランスロットは物悲しくも美しい。

薄暗い表情のランスロットの気持ちとは対照的に、蛍が舞う月夜がとても美しく、ランスロットの心の美しさ愛の深さが現れているように感じた。

 

戴冠式でのランスロットは最初こそ騎士らしい凛々しい精悍な顔つきだったが、アーサーとグィネヴィアが結ばれるのを眼前に険しく苦しい表情へと変わっていく。

ここ、モーガンから話しかけられるまで一切台詞がないにも関わらず、眉間の力の入り具合、視線の動き、グッと泣くのを堪えるような喉の上下だけで「心から祝福できない葛藤」だったり「自分がアーサーの立場にはなれないもどかしさ」が表現できていることが凄い。忠誠を誓おう、この気持ちは一生隠し通そうと頭では思っていても心が追いついていないことが伝わる。目は口ほどに物を言うとは言うけど、桜木さんの目のお芝居は本当に上手い…やっぱり好きだなぁと実感。

 

モーガンの黒魔術によりグィネヴィアと不貞を働いてしまった上、それをアーサーに目撃されてしまうシーン。

自分が断罪されることなんてどうでも良くて(むしろそれが当然の報いだと思っている様にも見る)、アーサーを傷付けたこと、アーサーとグィネヴィアの絆を自らの手で歪めてしまったことを心底悔いているように感じた。

ランスロットはどこまでも他人本位で優しすぎたから、黒魔術がなかったらグィネヴィアを抱きしめることすら出来なかったのではないかな…個人的には兄貴分が先にグィネヴィアに惹かれていることがわかっている状態で、何のフォローもなくグィネヴィアと結ばれたアーサーも相当罪深いと思っている(わたしならそんな仕打ちを姉妹にも親友にも出来ない)

 

サクソン族との戦いに倒れたランスロットが「グィネヴィアが愛しているのはお前だ」と伝えるのも、死ぬまでひとりにしないという約束を守れて良かったと呟くのも、アーサーに赦しを請うというより、残されるアーサーの心を落ち着かせるためなんだ…と感じて涙が出た。

もう自分の命が尽きるとわかっていて最期に出て来る言葉がアーサーの心を救うためのものって、そんなの最大級の愛じゃん…!

ただ唯一、息絶えたランスロットの表情が安らかとは言えないものだったことが辛い…痛かったよね、苦しかったよね、それでもアーサーに想いを伝え切ったんだ…

 

 

モーガンのマーリンへの感情とは

これに関しては観た人の数だけ解釈があるとは思うのですが、個人的には「恋ではなく愛、愛というよりは独占欲」という解釈に落ち着きました。

幼い頃に親から捨てられ、親代わりになってくれたマーリンを心の支えに修道院での辛い生活を生き延びて来た…という点では、モーガンがマーリンに求め・感じているのは恋情と言うよりも父性としての愛情だと感じた。

しかし、モーガンがマーリンから家族の一員として愛情を求めているのであれば、アーサーを苦しめる必要はない。腹違いの弟を赦し、愛してあげたら良い。(この作品のメッセージの一つとして、人を愛するとは赦すこと・はあると思うので)

それでも黒魔術を会得してまでアーサーを苦しめ最終的に自らの手で始末しようとしたのは、マーリンの関心を自分だけに向けたい、マーリンの力を自分の手中に収めたいという歪んだ独占欲と執着心だと思う。マーリンとの子を望むような発言も、マーリンの心と力を独占したいがために取ったアーサーにはない手段であって、純粋な願いではないという印象を得た。

そしてモーガンがマーリンにそこまで執着し続けたのも、自分は誰からも愛されなかった訳じゃない、自分こそがペンドラゴンの子として王座に座るべきだ存在なのだという悲しい存在証明だったのだと思う。

モーガンがマーリンと抱き合って死にゆく様は、これでやっと自分だけのものになった、やっと自分を受け入れてくれたという独占欲が満たされた瞬間だと感じた。でもあの瞬間のモーガンは肩の力が抜けて子ども帰りしていたというか、幼い子が父親に抱きしめられて安心して眠るようにも見えたんだよなぁ。まあ人間の感情は決して一元的ではないし、理屈でもないので…そういう意味で「愛というよりは独占欲」という結論に至りました。

 

 

その他感想
  • ここのところ本公演ではザ・悪役な風貌で主人公と対立関係にあるキャラクターを演じることが多かったキキちゃん。今回ど直球の爽やか好青年で登場してドキドキしちゃったよね…でもちゃんと第1幕終わりで闇落ちして第2幕はザ・悪役な風貌で登場するのも最高だった。
  • ランスロットの初登場シーン、トンカチを持ったまま歌い続けるの可愛いね〜てなった。というか無造作なハーフアップと顎髭なのにどことなく育ちが良さそうなランスロット推せる〜〜〜たぶんエクターの育て方が上手い。子育て成功例。
  • 「僕は欲望の産物…!?」とアーサーがショックを受けるところ、人はみな男女の欲望の先に生まれた存在だから元気を出して…!と心の中で励ましていた。実の父が人として尊敬できるエクターではなく、一目惚れした女を魔術で騙くらかして抱く男って事実には同情する。
  • グィネヴィア、キャラデザが完全にFFじゃん…と思ったのはわたしだけでしょうか?服装も髪型も全てさくらちゃんに似合っていた。シンプルに顔の造形が綺麗。底抜けに明るくて真っ直ぐで気が強くて、弓使いなところも含めて良い。(弓で戦う女性の良さは犬夜叉によって刷り込まれた女A)
  • グィネヴィアにのされた後、「仕事だ仕事ー!散!れー!」と群衆に叫ぶランスロットがあまりにダサくて可愛い。ランスロットが借りた箒を返したらやれやれ〜みたいな顔をされるのも、みんなにイジられながらも愛されている様が垣間見えて大変良い。
  • モーガンがアーサーが生きていることを知った歌でめちゃくちゃ目が合ったし、ランスロットの滝の歌でもめちゃくちゃ目が合った、気がした。(at 3階L席)(個人的には日生劇場の2階S席1桁番より見切れが少なくて見やすかった)(ここがA席での販売なら、3階正面最後列よりも舞台に近いしわたし的にはかなりアリ)
  • これTwitterにも書いたのですが、滝のシーンの桜木さんソロがめちゃくちゃ長くて、これが2番手…!と感動したのと、当たり前に歌声が美しくて歌詞が直脳で入ってくるせいでボロボロ泣いてしまったよね。なんなら2回目観劇時の方が泣けてしまって、途中双眼鏡が滲んで何にも見えなくなってしまった。
  • あとこれはオタクみんな言っていることだけど、真白っちもさくらちゃんも宙組子みんなみーーーんな歌が上手い。公演CD早く欲しいねぇ

 

以上、オタクの雑多な感想でした。観劇後の勢いで書き殴ったので、後から色々追記するかも。次の現場は明日、ムーランルージュを観に行きます!チャオ!