『赤シャツ』9月19日マチネの記録

感想が上手くまとまらず、書いては消してを繰り返していたらすっかり時間が掛かってしまい…気付けば今日は大千秋楽。おめでとうございます。

今回は一般発売で何とかチケットが取れたものの…「死の席」と名高いブリリアホール3階最上手席。という訳で、今回はまず座席の話から。

 

 

座席について

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図のグレー部分は売り止めで黒カバーがされていた座席で、自席は図の赤丸。座席の前には謎のバーもあったが、163cmのわたしの視界を遮るほどの高さではなかった。

また、音響もさほど悪くないと感じた。場面転換時の生演奏が籠って聴こえることはなかったし、聡ちゃんがたくあんを咀嚼する音までしっかり聞こえた。

ただ、座席位置が高すぎるので上手側にいる演者が下手側を向いてしまうと表情を見ようにも頭頂部しか見えない瞬間があり、評判が良くないのはこういうことか~と納得。個人的には聡ちゃんのTSU・MU・JIをまじまじ観察できて楽しかったよ。

座席の話はここまでにして、あらすじと考察を。

 

 

あらすじ

今作は、夏目漱石『坊ちゃん』に登場する敵役・赤シャツを主人公に据え、『坊ちゃん』を赤シャツの視点で描いたマキノノゾミ氏の戯曲。初演は2001年。

 

 

印象的なシーンと考察

坊ちゃんの性格も大概?

「親譲りの無鉄砲」を免罪符に考えなしの行動ばかりしている坊ちゃん。裏表はないが、かと言って竹を割ったような性格とは言い難いように思う。例えば、原作『坊ちゃん』の中で赤シャツの第一印象を以下のように語っている。

挨拶をしたうちに教頭のなにがしと云うのが居た。これは文学士だそうだ。文学士と云えば大学の卒業生だからえらい人なんだろう。妙に女のような優しい声を出す人だった。もっとも驚いたのはこの暑いのにフランネルの襯衣を着ている。いくらか薄うすい地には相違なくっても暑いには極ってる。文学士だけにご苦労千万な服装をしたもんだ。しかもそれが赤シャツだから人を馬鹿ばかにしている。あとから聞いたらこの男は年が年中赤シャツを着るんだそうだ。妙な病気があった者だ。当人の説明では赤は身体に薬になるから、衛生のためにわざわざ誂えるんだそうだが、入らざる心配だ。

引用元:夏目漱石 坊っちゃん

  • 自分より学のある人が年中赤シャツを着ているからといって、「人を馬鹿にしている」と感じる人間はかなり少数派ではないだろうか?「妙な病気があった者だ」なんて思う方が気が病んでいそうなものである。
  • 実際、同志社大卒で赤い服しか着ないカズレーザーに対してそんな風に言っている人間を見たことがない。せいぜい「変わってるね」とか「どうして赤ばっかりなんだろう?」とかそんなところだ。
  • だが坊ちゃんは、赴任先の教頭と軽く挨拶を交わしただけでここまで偏見を並べられるのだ。ある意味天才である。文学士であることに何度も触れていることからも、坊ちゃんは学歴コンプレックスが強いことが伺える。
  • 赤シャツの存在自体が疎ましい坊ちゃんからしてみれば、赤シャツが何をしてても気に食わないのだ。だから悪い噂を聞けば鵜呑みにして「ほら、やっぱりな」と一人合点してしまう。

 

赤シャツは策士か、八方美人か

「人の数だけ真実は存在する」とはよく言ったもので、主人公が変われば見える世界も異なる。原作『坊ちゃん』では陰湿な策士として語られていた赤シャツだが、今作『赤シャツ』ではむしろ周囲に翻弄されっぱなしの八方美人として描かれている。

  • 第一場。赤シャツ宅の客間で、5回目となるミューズの会が開かれる。メンバーは赤シャツ(桐山昭史)、うらなりこと古賀先生(吉村卓也)、野だいここと吉川先生(越村友一)、マドンナこと遠山はる子(北香那)。
  • 赤シャツの弟・武右衛門(松島聡)は悪戯っ子で、古賀先生に大きな声で挨拶をして驚かせたり、「良いお天気じゃなくても"ぐーど・もーにんぐ"と言うのはなぜですか?」などと質問をして困らせる。
  • 下女のウシ(高橋ひとみ)や古賀先生の前では、寝転んで駄々をこねたり、きゅるんきゅるんの瞳で見つめてみたり、甘えた声を出してみたりと、子供よりも子供らしい武右衛門。世界一可愛いよ〜!天晴れ!と心の中で聡ちゃんに拍手を送る。
  • 古賀先生が今回、婚約者の前で発表をすると聞いてミューズの会に参加したいと赤シャツにお願いする武右衛門。兄の前では姿勢を正し、表情も一変して大人っぽくなることから、どうやら兄には心を閉ざしているらしいとわかるシーン。赤シャツも武右衛門の参加を許さず、武右衛門はふてくされながら温泉へ出かける。
  • そうして、ミューズの会は予定通り4人で始まる。古賀先生が翻訳『巨人引力』を読み上げようとするも、吉川先生がウシの名前を馬鹿にしてみたり、ウシが客間に入ってきたり、はる子によって遮られたりと、全くその先に進めない。
  • 遂にはる子に促される形で、古賀先生とはる子の婚約が破談になったことを皆に報告し、その場を立ち去る古賀先生。それに対し、早速赤シャツに猛アタックを始めるはる子。もともと親同士が決めた婚約で、古賀家の金銭的な事情で破談になったとは言えあんまりである。
  • 美人なはる子に言い寄られて悪い気がしない赤シャツは、世間体が気になるものの彼女の好意をハッキリと断ることができない。目を閉じ唇をとがらせるはる子に、うっかりキスしそうになっては正気に戻る赤シャツ。そんなやりとりを押し入れで盗み見ていたウシからは、八方美人だと呆れられてしまう。
  • 甘木先生が遊女を攫って逃げたという話を温泉で聞いた武右衛門が慌てて帰ってくる。その話を聞いた赤シャツは胃が痛くなってしまう。赤シャツの身体を心配する武右衛門に、心根は優しい子なんだな…とほっこりしていると、僕も胃が痛くなった!と突然ゲラスイッチが入る武右衛門。どうした。手ぬぐいを振り回しながらゲラゲラ笑い転げる姿は完全におそ松作画だった。
  • 原作『坊ちゃん』では、古賀家の金銭的な理由から婚礼が延びている間に、赤シャツの方からマドンナに言い寄り手懐けてしまったと語られている。しかしこれは坊ちゃんが下宿先のお婆さんから聞いた噂話に過ぎず、坊ちゃんとマドンナの間に面識はない。

 

  • 第二場。山嵐こと堀田先生(神農直隆)の昇進祝いに角屋を訪れた赤シャツは、新たに赴任して来る坊ちゃんの面倒を見て欲しいと堀田先生に頼む。
  • 赤シャツは甘木先生の行動を教師あるまじきと恥じるが、堀田先生は遊女となってしまった幼なじみを救うべく攫った甘木先生は男らしいと称賛する。
  • するとそこに、赤シャツと馴染みの芸者である小鈴(桜咲彩花)が訪れ、ロシア人捕虜のお座敷に呼ばれているが、ロシアとの戦いで戦死した兄を想うと舞えないと言う。小鈴にお金は僕が払う、舞わなくて良いと優しくする赤シャツに対し、あなたは舞うべきだと諭す堀田先生。赤シャツにべったりだった小鈴は一変、男らしい堀田先生に惚れてしまう。
  • 堀田先生に小鈴と馴染みであることを知られたくない赤シャツであったが、小鈴が察することなくベタベタするもんだからバレてしまった上に、最終的に赤シャツが袖にされる。面目丸潰れとはまさにこのこと。あまりにも赤シャツが不憫でびっくりした。
  • びっくりといえば小鈴役の桜咲彩花さんの透明感にも驚いた。そして圧倒的に所作が美しい。ここでも元タカラジェンヌの美しさにうっとり。

 

  • 第三場。赤シャツの書斎で大量のイナゴを逃がしてしまい、慌てて捕まえる武右衛門と手伝うウシ。床を這ってイナゴを捕まえている画がなんだか微笑ましい。赤シャツにイナゴを放したことがバレそうになって慌てふためく武右衛門は、やっぱり作画がおそ松だった。もうずっと可愛い。
  • 武右衛門がイナゴを無事に回収し終え出掛けると、入れ違いに古賀先生が訪ねて来る。赤シャツは古賀先生に、給与交渉が失敗したことを詫び、今より給与の高い延岡への転任案が出たが、赤シャツはこれを勧めなかった。しかし今もはる子のことを好いている古賀先生は、はる子の近くにいることが辛いと自ら延岡行きを志願する。赤シャツは古賀先生を引き留めるが、古賀先生の意思は固かった。
  • そして古賀先生は、先日のミューズの会で披露するはずだった『巨人引力』と翻訳した詩を赤シャツに渡して去る。引力を巨人の力に例えたその詩を、翻弄される自分の姿と重ねる赤シャツ。
  • 原作『坊ちゃん』では、赤シャツが古賀先生の意思とは関係なく延岡への赴任を決めてしまったとされているが、これも坊ちゃんが下宿先のお婆さんから聞いた噂話に過ぎない。坊ちゃんがこの件を赤シャツに問い正すと「下宿屋の婆さんの云う事は信ずるが、教頭の云う事は信じないと云うように聞える」と返される。ど正論。

 

  • 第四場。古賀先生の送別会で居たたまれなくなった赤シャツは、途中で抜け出し独り居間で涙を流していた。それに気付き声を掛けるウシ。
  • するとそこに、泥酔した吉川先生が小鈴を連れて訪ねて来る。夜分に上司の家を訪ねて来たばかりか、書斎に隠している酒を持って来いとウシを顎で遣い、終いには居間で寝始める吉川先生。こんな部下に四六時中付きまとわれながら、邪険にもできない赤シャツには同情する。
  • そして小鈴は赤シャツに先日の礼を言う。ここで、実はウシも息子を戦争で亡くしていることが明かされ、赤シャツは戦死したふたりの家族に対し敬意を示して頭を下げるのであった。
  • その様子を覗き見ていた武右衛門は、徴兵忌避をした赤シャツがふたりに頭を下げる資格はない!と赤シャツに飛びかかる。
  • 馬乗りになって赤シャツの胸を何度も殴る武右衛門だが、漫画だったら確実に「ポカポカポカポカ」という擬音が書き込まれるような、力のない子供のパンチだった。23歳が演じているとは到底思えない、そこには大人には敵わない小さな中学生の男の子がいた。
  • 武右衛門はまだ9歳の頃、赤シャツが徴兵忌避をした卑怯者だという噂を友達から聞かされる。赤シャツを尊敬していた武右衛門だったが、その噂が真実と知って以降は兄を軽蔑し、遂には陸軍幼年学校への進学を志願するようになっていた。

 

  • 第五場。四国新聞に堀田先生が生徒の喧嘩を堀扇動したという記事が載ったため、校長(おかやまはじめ)は武右衛門を校長室に呼び出し事情を聞く。
  • 武右衛門はほんの悪戯心で堀田先生を喧嘩に巻き込んだだけで、こんな大事になるとは思ってもなかった。しかし当の堀田先生は、赤シャツが弟の武右衛門を使って自分を陥れたのだと思い込む。
  • 堀田先生を慕っていた武右衛門が、堀田先生からは兄の手下だと思われていることを知ったら悲しむだろうな…とわたしまで悲しくなってしまった。堀田先生が一方的に赤シャツを嫌っていることは100歩譲って良いとして(良くはないが)、自分を慕ってよく遊びに来てくれていた生徒のことを何一つ理解していないのは教師としてどうなんだ。
  • 赤シャツはその記事を書いた福地記者(矢柴俊博)に記事を取り下げるよう交渉するも失敗、誰かが責任を取って辞めなくてはいけなくなってしまう。赤シャツは自分の弟が発端なので自ら責任を取ろうとするが、校長はこれを認めず、結局堀田先生が辞めることになる。

 

  • 第六場。武右衛門が朝食を食べているところに、小鈴が訪ねてくる。昨晩角屋に泊まった赤シャツが、明け方坊ちゃんと堀田先生に襲われたと聞き、心配で訪ねて来たのだった。しかし当の赤シャツはまだ帰ってきていない。そして小鈴は昨晩、赤シャツからプロポーズされたことを打ち明ける。
  • 話を聞きながら朝食を食べ進める武右衛門。白米とたくあんがまさかの本物で、もぐもぐ、ポリポリ、という聡ちゃんの生ASMRを楽しめてしまった。(圧倒的感謝ッ…!)
  • そこに、全身ボロボロの赤シャツが帰ってくる。こんな時間まで何をしていたのか尋ねると、遠山家に出向いて婚約して来たと答える。昨日の今日で何をやっているんだと呆れ返る武右衛門とウシ。
  • そして赤シャツは武右衛門に、陸軍幼年学校に入学できるよう校長に口利きして貰ったこと、父親の遺産を半分やるからそれっきりもう面倒を見るつもりはないことを話す。
  • 案の定ここで武右衛門はぶすくれるのだが、あんな騒動を起こして自宅謹慎処分になった上に、成績も良くない弟のため、赤シャツが頭を下げてくれたことに本来なら感謝するべきなのだ。
  • 小鈴がお妾さんでもいいから傍に置いて欲しいと赤シャツに懇願すると、はる子と婚約したのは嘘だと明かす。はる子は赤シャツの文学士という肩書きに惚れていただけで、今は別の男にご執心だった。
  • 赤シャツは「50年後、100年後はきっと僕のような人間ばかりになる」「そんな世界は嫌だなぁ」とぽつりぽつりと呟きながら涙を流す。
  • 赤シャツが何故こんなにも回りくどい事をしたのかは最後まで明かされていないが、人にいい顔をして生きることに疲れ果て、全てを清算しようとしたのではないかと思った。敢えて人から嫌われるような言動を取ることで、人を遠ざけようとしているように映った。しかし小鈴だけは、そんな赤シャツにそっと寄り添ってあげるのだった。

 

男らしくあれ、の呪い

『坊ちゃん』でも『赤シャツ』でも、赤シャツは周囲から「男らしくない」「女の腐ったような奴だ」などと詰られ続ける。

  • 逆に、赤シャツと対立関係にある坊ちゃん・堀田先生・武右衛門は「男らしい」の象徴として描かれている。
  • 3人とも「自分の道を信じ、人の顔色を伺わず、思い立ったら即行動に移す人」であるが、言い換えれば「思い込みが激しく、聞く耳を持たず、後先考えず暴力も厭わない人」なのである。
  • そんな3人を最後まで好意的に思っている赤シャツは、「男らしさ」というものに並々ならぬ憧れがある。
  • ラストシーンの「50年後、100年後はきっと僕のような人間ばかりになる」「そんな世界は嫌だなぁ」という台詞は、男らしい人間が生きづらくなっていく世界を憂いているとも取れるし、死ぬまで男らしくなれず他人の顔色を伺ってしまうのだろうかという赤シャツ自身の絶望にも取れる。
  • 個人的には思慮深い赤シャツのような人間ばかりの世の中であって欲しいと思うのだが、それはもうこの世が『坊ちゃん』から100年後の世界で、坊ちゃんのような人間は殆ど絶滅してしまったからなのかもしれない。

 

以上、赤シャツの観劇レポでした。

この日のソワレはけんしょりが見学に来ていたそうで、惜しかった〜!と思ったのも束の間、その3日後にブライトン・ビーチ回顧録を観に行ったら聡ちゃんと観劇被りをするミラクルが起きました。詳しくはまた次回。