'18月組『BADDY-悪党は月からやって来る-』の記録

例のアナスタシアを勧めてくれた友人から、「ぜひ月組BADDYも考察して欲しい」とリクエストをいただいたので、早速プライムビデオでレンタルしてみた。便利な世の中に感謝。

 

月組の演目を観るのはこちらが初めてなのだが、宝塚ってこんな設定もありなの!?とビックリするようなトンチキ設定である。(動画は03:00からが本作)

それなのに、善く生きるって何だろう…と考えさせられる作品でもある。そんな唯一無二の魅力を、少しでもお伝えできればと思う。

 

 

以下、あらすじや考察など。

 

あらすじ

舞台は地球首都・TAKARAZUKA-CITY。世界統一され、戦争も犯罪も全ての悪が鎮圧されたピースフルプラネット“地球”に、月から放浪の大悪党バッディが乗り込んでくる。バッディは超クールでエレガントなヘビースモーカー。しかし地球は全大陸禁煙。束縛を嫌うバッディは手下たちを率い、つまらない世の中を面白くするためにあらゆる悪事を働くことにする。彼の最終目標はタカラヅカ・ビッグシアターバンクに眠る惑星予算を盗み出すこと。しかし、万能の女捜査官グッディの追撃が、ついに彼を追いつめる!

月組公演 『カンパニー -努力(レッスン)、情熱(パッション)、そして仲間たち(カンパニー)-』『BADDY(バッディ)-悪党(ヤツ)は月からやって来る-』 | 宝塚歌劇公式ホームページ

103年間犯罪発生件数0の地球に、月から大悪党バッディが来たからさぁ大変!という大筋。これだけ読むと幼児向け絵本かな?と思うようなトンチキ設定である。

 

演出家・上田久美子さんが語る見どころ

“格好いい”ということは“悪っぽいこと”と表裏一体で、人はなぜかそういう人物に惹かれてしまう…という部分を描きたいです。現在の社会は良くも悪くも善悪の線引きが厳しくなり、以前はグレーゾーンだった範囲も悪と見なされるようになったと感じています。それが決していけないわけではありませんが、人間は無菌状態に置かれると、「もっと自由でいたい」という願望が芽生えるものです。

演出家 上田久美子が語る | 月組公演 『カンパニー -努力(レッスン)、情熱(パッション)、そして仲間たち(カンパニー)-』『BADDY(バッディ)-悪党(ヤツ)は月からやって来る-』 | 宝塚歌劇公式ホームページ

こちらは演出家の上田久美子さん自ら、構想のルーツを語っている部分。

つまり本作は「本当に幸せな社会ってなに?」という問題提起を投げかけた作品なのである。ネガティブに寄りそうなテーマを、ポジティブで魅力的なショーに昇華している上田久美子さん、天才だ…。そんな問題提起を頭に置いて、作品の考察をしていきたい。

 

印象的なシーンと考察

"悪い"ってなに?

冒頭、王子(暁千星)が「悪いってなに?」と尋ねると、女王(憧花ゆりの)は「それはお前が知る必要のない言葉」と返す。

  • 「月には地球に居られなくなった悪い人間が潜んでいる」という台詞からもわかるように、悪い人間をひたすらに排除した社会が"地球"ということになる。
  • 103年間犯罪発生件数0の平和な社会を謳っているが、グッディ捜査官(愛希れいか)をはじめとする犯罪を取り締まる人間が今もなお存在している訳だから、"地球"は厳罰化により犯罪発生が抑えられた超監視社会と推測される。
  • "悪い"の意味がわからない王子と、"悪い"の認知からも保護しようとする女王という構図は、この社会において人々は王子同様に無菌状態で保護されていることがわかる。
  • 女王は「人生の目標は天国に行くこと」と国民に掲げる。"悪い"をひたすら排除した先に幸せがあると信じているが、果たして。

 

スイートハートは男?女?

見るからに男性的なバッディ(珠城りょう)と、中性的で美しいスイートハート(美弥るりか)が熱いキスをする姿に、グッディとポッキー巡査(月城かなと)は「彼は男?わからない!どうして!?」とパニックに。

  • 法律を遵守する立場のグッディたちが過剰な反応を見せることから、"地球"には異性愛者しか存在していない可能性が示唆されている。
  • そうなると"地球"は、犯罪者だけでなくマイノリティも排除した社会ということになる。雲行きが怪しくなってきた。それって本当に幸せな社会なの?とここでも考えさせられる。
  • 因みに、スイートハートは最後まで性別がどちらとも取れない謎めいたキャラクター。話し言葉は女性的だが一人称は僕だし、基本的にはパンツスタイルだが途中大胆なスリットの入った妖艶なドレス姿にもなる。勝手にカードキャプターさくらのルビー・ムーンのような存在と解釈した。(世代がバレる)
  • バッディとスイートハートのシガレットキスは美しすぎて卒倒。あの瞬間のステフォが欲しくて欲しくて泣いた。

 

シーフードの格好はショーの衣装?それとも…

バッディが訪れたレストラン・BLUE LAGOONに、ポッキー巡査と王子らが潜入捜査。同じく潜入捜査を行なっていたグッディは、バッディを無銭飲食で現行犯逮捕。

  • このレストランは2つの読み方ができる。①ロブスターやホタテなど食べ物に扮した従業員がショーを行うレストラン、②人間が食べ物に扮しているのは"人間自身が売り物である"ことの比喩表現で、実際はレストランでなく性的サービスを提供する店。
  • わたしは②だと思って観ていた。理由としては、ホタテに扮したグッディをバッディが連れて店を出ようとすると、店員は「お持ち帰りならお代を」と声を掛ける。①の解釈だと従業員を連れて店を出るのにお代が発生すること自体に違和感があるが、②なら料金が発生するのも理解できる。代金を支払わず逃走するバッディに「食い逃げだー!」と店員が叫ぶのも、人間=食べ物とこの場では表現されているので話が繋がる。
  • そしてこのあと、俺の事が好きなのか?と勘違いするバッディに対し、グッディは「そんな訳ない、これは囮捜査よ」と返すのだけれど、単にレストランの従業員に扮しているなら囮捜査とは言えないだろうし、やはりこのシーンは②の意味で捉える方がしっくり来る。

 

悪いことがしたい、いい子でいたい

グッディとの出逢いをきっかけに悪党らしくなくなっていくバッディと、逮捕しなければならないはずのバッディに心惹かれてしまうグッディ。

  • 悪いものに心惹かれネガティブな感情を知る"地球"の人々と、愛を知ってしまい悪党らしくなくバッディの葛藤が表現された歌唱シーン。
  • 永く無菌状態に置かれた"地球"の人々は、善悪についての判断を自らしたことがなかったため、葛藤すること自体が初めての行為で混乱している。
  • グッディはこのシーンを境に、ロング→ボブ→ショートと髪が短くなっていく。彼女の原動力であった愛や正義といったポジティブな感情が、怒りや憎しみといったネガティブな感情にすり替わっていくのが、"乙女の命"とも言われる髪の毛で表現されている?
  • この後のグッディとグッディーズによる感情剥き出しのロケットダンスには圧倒された…!

 

ポッキーの空回りな片思い

有能なグッディ捜査官に想いを寄せるも、いつも置いてけぼりにされるポンコツなポッキー巡査。バッディの様に悪事を働けば、彼女が追いかけてくれるかも!と悪事に手を出してしまう。

  • スイートハートからちょいワルレッスンを受け、パスポート偽造の才能があることが発覚。グッディに自分を追いかけてもらいたいが為に偽造パスポートを高額で販売し、思惑通りグッディに追われる対象に。
  • 逆にグッディと出会ってから大した悪事を働かなくなったバッディ。グッディからも追われなくなり、スイートハートからも「こんなの君じゃない」と言われ、とびきり悪いこと(銀行強盗)を企てる。
  • ポッキーもバッディも行動原理は同じで、悪いことをすればグッディに構ってもらえると思っている。とんだ構ってちゃんである。

 

信念を貫くポッキーとグッディ

ビッグシアターバンクで惑星予算を盗み出し、アジトに戻ってきたバッディたち。しかし、バッディ側についたはずのポッキーがアジトを爆破!そしてそこにグッディが現れる。

  • 一度は歪んだ恋心で犯罪に手を染めてしまうポッキーだが、巡査として平和を守る信念を貫くために、死を覚悟でアジトを爆破。
  • 燃え盛るアジトの中で、バッディとグッディは情熱的なキスをする。グッディを激しく求めるバッディに対し、グッディは彼の背中に回した手をぎゅっと固く握りしめる。この姿から、彼女はあくまでバッディを憎き敵と認識していて、平和を守るために一緒に死ぬことを選択したと読み取れる。

 

結局、"悪い"ってなに?

フィナーレでは、アジトを爆破したポッキーや憎しみという感情を知ったグッディだけでなく、様々な犯罪を犯してきたはずのバッディやスイートハートも全員天国にいる。

  • バッディたちも天国にいるのは「人は何事もなく生きることで天国に行く」と信じ"悪い"を排除してきた社会に対して、人が定めた"悪い"の定義は必ずしも正しくないという皮肉か。
  • 善悪の判断を他者に任せるのではなく、より善く生きるために自分自身で考え、行動していこうよ・というメッセージにも取れる。
  • この作品で描いた本当の"悪"は、法律を守らないことではなく、自分を偽り信念を曲げてしまうことだとわたしは解釈した。

 

最後に

BADDYはストーリーも素敵なのだけど、何より曲が良い!バッディのテーマソングなんて歌詞は全然格好良くはないのに、キャッチーで一度聞いたら頭から離れない。スキップしながら口ずさみたくなるようなハッピーなメロディである。

パレード(BADDY)

パレード(BADDY)

そして何よりこのパレードのシーンがもう癖に刺さりまくりで。眼鏡を外してウインクをキメるポッキーも、セクシーなロングブーツ姿で色気ムンムンなスイートハートも、煙草をふかしてるバッディも格好良い!好き!!てなる。

 

ただ、こうやって素敵だなって思う方が既に退団されていたり、退団が決まっていたり…生きてる限り知ることに遅いはないけれど、でももどかしい〜!

と、いうわけで今週末は幽霊刑事の生配信を拝聴いたします。